「ショック」に関する事例の判例原文:妻は夫への愛情があり、夫と妻の結婚関係はまだ破綻していないとして離婚が認められなかった事例
「ショック」関する判例の原文を掲載:婚姻した後も同女との交際を続け,同女を原・・・
「夫の主張する、当初から不確実であった結婚関係に対する離婚の請求が認めらなかった判例」の判例原文:婚姻した後も同女との交際を続け,同女を原・・・
| 原文 | し上記のような発言をすることは考えにくい。 イ 原告は,被告と婚姻する以前から,英国において,トルコ人留学生のCという女性と交際し,性的関係を持っていたが,被告と婚姻した後も同女との交際を続け,同女を原告のアパートに招き入れたりしていた。 この点につき,原告は,同女とは食事をしたり電話で話す程度の関係にすぎなかったと供述している。しかしながら,同女が平成10年8月にトルコに帰国した後に原告に宛てた8月20日付け及び9月1日付けの書簡(乙11,12)によると,同女がかなり熱烈に原告のことを慕っていることが認められるし,特に,9月1日付けの書簡には,かつて同女の部屋に赴いた際に原告が撮影した半裸の同女の写真(乙13の2)が同封されていたことが認められること,被告が平成10年2月に約2週間英国に滞在した後に,原告がCを原告のアパートに招き入れたとみられる写真(乙19)が存することからすると,原告と同女との間には性的関係があったと認定できるのであって,原告の供述は信用できない。 また,平成10年5月4日に被告が英国に来て同居を開始した以降も,原告がCと交際を継続していたことは原告も認めているところである。もっとも,5月4日以降も性的関係が継続していたかについては明らかではないが,以前の関係からして,被告から不貞を疑われても仕方がない状態であったということができる。 ウ 被告は,平成10年5月4日に渡英し,原告と同居を開始した後,原告とCが交際をしている事実を知り,精神的な打撃を受けた。被告は原告に対し,Cとのことを問い詰めることがあったが,原告は,そんな被告に対し,Cの方が愛しいと述べることもあった。被告は,原告との幸福な生活を信じ,英国まで来たのに,原告が他の女性と交際していることに強い衝撃を受け,原告のCとの関係や他の女性との関係にも疑いを持つようになった。 エ 原告と被告とは,平成10年7月中旬に一時帰国し,原告の実家に滞在した。その間,吉祥寺にある宣教師の所にも訪問した。 原告は,この一時帰国は,離婚の協議をするためであったと供述するが,もしそうであるなら,原告の実家に滞在していたのであるから十分に話し合う機会があったはずであるのに,そのような事情は伺われないのであって,原告の供述は信用できない。 オ 被告は原告より3日遅くロンドンに戻ったが,その際,被告は,原告に対し,3日遅く帰ってみると,女を家に入れ,金髪が落ちており,ストッキングが残され,リネンに口紅が付着していたなどと言って,原告を詰問した。 カ 平成10年8月中旬にCはトルコに帰国したが,帰国の際,原告はCを空港まで送っていった。その後も,前記のようにCから原告宛てに熱烈な思いを記した書簡が送付された。被告は,原告に対し,Cとの関係や他の女性との関係を問い詰めることもあり,原被告間で口論になることがあった。 キ 平成10年10月中旬には,原告は被告との口論の末,原告は被告を殴ったり突き倒したりする暴行を行った。その際,被告は病院に行って診察を受けたところ,右肘関節の脱臼で,右前腕部に軽い腫脹と痛みによる伸展の困難との症状があるとの診断であった(乙23の2)。被告は,警察官を呼び,原告は警察署で英国では夫の妻に対する家庭内暴力が重く罰せられているなどという注意を受けた。 その後,被告も原告に対し,口論の際に平手打ちをするなどの暴行を行ったことが一度あった。 ク 平成11年3月24日には,口論の結果,被告が原告に対し,出て行くように要求したことから,原告はロンドンのアパートを退去し,以降,別居状態となった。 (3)帰国後の状況 ア 平成11年6月に原告は東京本社勤務となったため,日本に帰国したが,被告も共に帰国した。成田空港で,原告の両親は原告だけを連れていった。被告が独自に原告宅に行ったところ,やがて帰宅した原告の両親から原告宅に入るのを拒否され,被告が強引に入ろうとしたところ,原告の母親と被告がもみ合いとなり,原告の母親の110番通報により警察官も到着するなどという騒動になった。原告の両親 さらに詳しくみる:は,最終的には被告に1週間分のホテル代を・・・ |
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