「一緒に家」に関する事例の判例原文:性格の不一致による結婚生活の破綻
「一緒に家」関する判例の原文を掲載:被告に,「家に帰ればご飯を食べさせてくれ・・・
「性格の不一致や長期の別居で夫婦の結婚生活は終わっているとして離婚を認めた判例」の判例原文:被告に,「家に帰ればご飯を食べさせてくれ・・・
| 原文 | 原告がそこに一緒に暮らすということで一緒に家を探しにいったこともあった。 (オ)原告と被告は,平成12年頃,原告名義で被告が頭金を出して買った家が競落されたとき,共同してその対応にあたった。 (カ)原告は,平成15年の三,四月頃,被告に,「家に帰ればご飯を食べさせてくれるのか」と電話した。 イ 被告が,原告からの性的交渉の求めを拒否するようになったのは,平成五,六年ころからであり,その理由は,原告が女遊びをしていたためである。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 前提事実に証拠(甲1ないし3,乙1,原告及び被告各本人)並びに弁論の全趣旨を総合すると,次の事実を認めることができる。 (1)原告(昭和19年○月○○日生,男性)と被告(昭和8年○月○○日生,女性)は,被告が,原告経営のA(現有限会社B)に勤めたことで知り合い,昭和58年3月2日,婚姻の合意をし,その旨の届出をした。 その際,原告は,被告の子であるC(昭和37年○月○日,男性)との間で,養親子となることを合意し,その旨の届出をした。 (2)婚姻当初は,原告は,被告に十分な生活費を渡すことができ,婚姻生活も比較的円満であった。 (3)平成5年頃から原告の経営する会社の経営状態が悪化し,平成8年頃以降は極端に悪化し,原告が被告に渡す生活費は,その頃から減額され,平成10年頃からはなくなった。原告は,平成5年ないし平成8年頃から,家族に疎外されていると感じるようになった。 (4)また,遅くとも,平成五,六年頃から,被告は,原告の性的交渉の求めを拒否するようになり,その後,原被告間に性的交渉はない。 (5)原告は,平成10年頃被告と同居していた家を出て,経営していた埼玉県与野市所在の事務所で寝泊まりするようになり,その物件の競売等の関係で,その半年後は埼玉県志木市に事務所を移し,そこで寝泊まりしている。なお,原被告の同居当時の住居は,原告が転居した頃,板橋区に所在したが,そこと上記各事務所は車で30分程度の距離であって,通勤することが困難な距離ではなかった。 (6)被告は,原告の転居後は,原告に連絡をとるため,月に1度程度電話したが,原告が電話に出ない,或いは,電話に出てもすぐ切るなどしたので,被告は,次第に原告に電話をしなくなった。 原告と被告は,原告の母が亡くなった前後は夫婦として行動した。 原告が被告にリンゴを持参したことや毛布を持参したことがあった。 原告は,原告名義の不動産の競売に際し,被告がそれに対応する協力をした。 被告の兄等の勧めで,被告が家屋を購入して,原告もそこで同居することが検討され,原告は,被告が家屋に探すに当たって,車の運転をして,協力した。当時,原告は,家屋が見つかれば同居する決心はついておらず,複雑な心境であった。結局,被告が納得する家屋は見つからず,同居の話は,沙汰止みとなった。 平成10年以降 さらに詳しくみる:,原告と被告は,ここで記載した以外には,・・・ |
|---|
