「ショック」に関する事例の判例原文:外国人の夫と日本人の妻のお互いの文化の違いによる、結婚生活の破綻
「ショック」関する判例の原文を掲載:働していた。被告は、中学卒業後、美容学校・・・
「夫と妻のお互いの離婚の請求と妻への財産分与を認めたが、お互いの慰謝料請求を認めなかった判例」の判例原文:働していた。被告は、中学卒業後、美容学校・・・
| 原文 | 1 認定した事実 証拠(甲5、甲6、乙21、乙22、原告本人、被告本人のほかは後掲)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。 (1)ア 原告は、被告と知り合う以前、アメリカで、船上でライブ演奏をしたりするフリーのミュージシャンとして稼働していた。被告は、中学卒業後、美容学校に通い、その後、父の経営するBの役員となり、昭和59年、19歳で前夫と婚姻してAをもうけたが、昭和62年に前夫と離婚した。 イ 原告と被告は、平成元年3月、横浜博覧会の際に、原告がミュージシャンとして来日し、被告がガイドを務めていたことで知り合い、4月ころから交際を始め、性交渉をもった。その後、原告と被告は、被告がAを連れてアメリカに行ったり原告が来日したりして、1、2週間共に過ごすということを年に3、4回するといった交際を続け、平成4年10月ころ婚姻の約束をし、平成5年5月25日に婚姻した。 ウ 原告と被告の会話は全て英語であったが、被告は、原告と知り合った当時、中学で勉強した以外に英語学習をしたことはなく、英語による会話能力は皆無に近く、原告に手紙を書くときも、参考書籍から引き写しながら書くような状態であった。被告は、その後、独学で英語を学習し、原告と婚姻するころには日常会話は十分行えるようになっていたが、複雑な内容を正確に伝えられるほどの英語力はまだ付いていなかった。 エ 原告が日本に居住することになったのは日本に仕事があったからではなく、被告との婚姻生活のためであり、日本では、配偶者ビザを取得してからアルバイト的な演奏活動や音楽の個人教授などを始め、その後、平成6年9月、F・インターナショナルスクール(以下「F」という。)の さらに詳しくみる:音楽教師となった。平成7年4月、日本の小・・・ |
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