「顔面」に関する事例の判例原文:妻の宗教活動から生じた婚姻生活の破綻
「顔面」関する判例の原文を掲載:ら、墓参りをしても合掌しない。国歌や校歌・・・
「宗教活動と離婚請求」の判例原文:ら、墓参りをしても合掌しない。国歌や校歌・・・
| 原文 | 証人は、子供の養育等に関係するものとして、信者に次のようなことを厳格に教えている。 (一) エホバの神は絶対で唯一であり、専心の愛を求めるから、エホバの神以外のものを崇拝することは禁止される。したがって、先祖崇拝は許されないから、墓参りをしても合掌しない。国歌や校歌も歌わない。国旗に対して敬礼しない。 (二) 正月、節分、ひな祭り、節句の行事や儀式に参加しない。 (三) 輸血は行わない。 (四) 武道はしない。学校の課外活動にも参加しない。 (五) 親は、子供が運動選手としてではなく、神の奉仕者としての仕事を生涯追い求めることを願う。 (六) 投票は認めない。したがって、選挙のときには投票せず、棄権する。 被告は右教義を絶対的なものとして信じており、皆がエホバの証人に反対するのは聖書の知識がないからだと考えている。原告は、エホバの証人は右のような教義を持っているほか、他の考え方を全く受け入れようとしないとして右宗教を強く嫌悪し、子供を連れて伝道に歩いていることにも嫌悪感を抱いている。更に、原告は右宗教は子供の養育上悪影響があると考えている。 2 右認定の事実に基づいて原被告間の婚姻関係が破綻しているかについて判断する。 原告は前記認定のような教義を持つエホバの証人を強く嫌悪し、二人の子供に同教義が教え込まれることに強く反対し、被告に対し宗教活動を中止するように長期間にわたって求めて話し合ってきたが、同宗教に対する被告の信仰は非常に強固であって、原告の気持や考え方を理解して自分の宗教活動を自粛しようとする態度は全くみられず、被告の信仰及びその教義の実践を含む宗教活動に関する原被告間の対立は深刻であって、原告の離婚意思は固く、そして別居期間も約七年に達し、原被告間の婚姻関係は回復し難いまでに破綻したものということができる。なお、被告はその本人尋問において、これからは口だけでなく行動を伴うようにして平衝を保ちながら原告にも理解してもらってやり直したいと供述し、平成五年二月一二日の本件和解期日においても同様の供述をしたので、原被告、双方代理人の了解の下に、原被告二人だけで話し合う機会を与えたが、結局は被告は涙を流すだけでものが言えない状態になってしまい、今後同居しても夫婦関係が円満に回復する見込みは全くない。 3 そこで更に、原被告間の婚姻関係が破綻したことについて原告に主な責任があるかについて判断する。 原告が被告がエホバの証人の集会に参加するのを暴力でもって阻止しようとしたことはその方法において許されないことは当然である。しかし、原被告の婚姻関係が破綻したのは原告が被告に対し暴力を振ったためではなく、被告の宗教活動の是非に関して決定的に対立したためであるから、原告がエホバの証人を強く嫌悪して被告に対しその信仰及びその教義の実践の中止を強く求めたことに原告に主な責任があるかどうかについて検討しなければならない。 ところて、夫婦間においても信仰の自由は尊重されなければならない。しかし、信仰が信者の単なる内心に止まらず、教義の実践を伴い、それが家庭生活や子供の養育に影響を与える場合は、夫婦協力義務の観点から一定の制約を受けることはやむをえないところである。 本件の場合、エホバの証人は前記のような教義を持っており、原告が二人の子供に右教義を教え込まれたくないと考えたり、家族一緒に正月を祝い、先祖供養のため墓参りをする等世間一般に行われていることはしたいと考えて、被告に対し右宗教に傾倒しないようにその宗教活動の中止を求めても、右教義の内容に照らし、原告だけが間違っていると非難することはできず、原告の考え方や気持を無視している被告にも責任があるというべきである。原告はもう少し被告の信仰に寛容になってもよいのではないかという考えがあるかもしれないが、本件の場合寛容になることは、エホバの証人の教義でもって被告が行動し、二人の子供が右教義を教え込まれ、実行させられるのを是認するのと同じことであり、原告はこれは夫としてまた父として耐え難いことであると述べているのであって、原告が寛容でないことを理由に原告に破綻の主な責任があるという考えには到底賛成することはできない。また、被告は今後は子供のこと さらに詳しくみる:に関して自分の一存で決めないで原告と相談・・・ |
|---|
