「半以上」に関する事例の判例原文:妻の宗教活動から生じた婚姻生活の破綻
「半以上」関する判例の原文を掲載:するのを暴力でもって阻止しようとしたこと・・・
「宗教活動と離婚請求」の判例原文:するのを暴力でもって阻止しようとしたこと・・・
| 原文 | の了解の下に、原被告二人だけで話し合う機会を与えたが、結局は被告は涙を流すだけでものが言えない状態になってしまい、今後同居しても夫婦関係が円満に回復する見込みは全くない。 3 そこで更に、原被告間の婚姻関係が破綻したことについて原告に主な責任があるかについて判断する。 原告が被告がエホバの証人の集会に参加するのを暴力でもって阻止しようとしたことはその方法において許されないことは当然である。しかし、原被告の婚姻関係が破綻したのは原告が被告に対し暴力を振ったためではなく、被告の宗教活動の是非に関して決定的に対立したためであるから、原告がエホバの証人を強く嫌悪して被告に対しその信仰及びその教義の実践の中止を強く求めたことに原告に主な責任があるかどうかについて検討しなければならない。 ところて、夫婦間においても信仰の自由は尊重されなければならない。しかし、信仰が信者の単なる内心に止まらず、教義の実践を伴い、それが家庭生活や子供の養育に影響を与える場合は、夫婦協力義務の観点から一定の制約を受けることはやむをえないところである。 本件の場合、エホバの証人は前記のような教義を持っており、原告が二人の子供に右教義を教え込まれたくないと考えたり、家族一緒に正月を祝い、先祖供養のため墓参りをする等世間一般に行われていることはしたいと考えて、被告に対し右宗教に傾倒しないようにその宗教活動の中止を求めても、右教義の内容に照らし、原告だけが間違っていると非難することはできず、原告の考え方や気持を無視している被告にも責任があるというべきである。原告はもう少し被告の信仰に寛容になってもよいのではないかという考えがあるかもしれないが、本件の場合寛容になることは、エホバの証人の教義でもって被告が行動し、二人の子供が右教義を教え込まれ、実行させられるのを是認するのと同じことであり、原告はこれは夫としてまた父として耐え難いことであると述べているのであって、原告が寛容でないことを理由に原告に破綻の主な責任があるという考えには到底賛成することはできない。また、被告は今後は子供のことに関して自分の一存で決めないで原告と相談して決めたいと供述するが、エホバの証人の前記認定の教義の(五)によれば、同宗教の信者の親は子供が神の奉仕者としての さらに詳しくみる:仕事を生涯追い求めることを願うとされてお・・・ |
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