「就労不能」に関する事例の判例原文:夫の浮気による結婚生活の破綻と、妻が受けた精神的苦痛
「就労不能」関する判例の原文を掲載:た。このため,原告X2は小学校のころから・・・
「夫の不倫によって、精神的苦痛を受けた妻の慰謝料請求を認めた判例」の判例原文:た。このため,原告X2は小学校のころから・・・
| 原文 | 告Y1は,原告X2が幼稚園のころから女性関係のため週末に外泊を繰り返していたため,原告X2は,幼稚園や小学校のころ,週末に友人を自宅に招いても父親がいないことを気に病んでいた。このため,原告X2は小学校のころから性格が暗いと指摘されていた。原告X2は,被告Y1が昭和44年ころから生活費を入れなくなったことや,原告X2と被告Y1が一緒に自宅にいる際,被告Y1が自分の分だけ寿司を取って食べ,原告X2をことさらに無視して空腹を我慢させるなどの虐待を行っていたことから,小学校から高校までの間は,父親が不在であるにとどまらず,父親から疎外されているという思いを抱かざるをえなくなった。これらの疎外感は,被告Y1が完全に自宅を出て,被告Y2と現住居地で同居するようになったことで更に増大した。 イ 被告Y1の原告X2に対する疎外行為は以上の例にとどまらないが,このように,原告X2は幼少のころから被告Y1により疎外され,過度のストレスや疎外感を感じ,小学校のころから,エレベーターに乗れない,新しい洋服が着られないなどの神経症の症状が現れていた。中学校ではクラブ活動が全くできないなどの症状があり,大学では寮に入れない,何らかのアクシデントがあるとパニックを起こして通常の対応ができないなどの症状が現れ,被告Y1もこのような状態は承知していた。これらの症状は現在の病気の兆候でもあり,被告Y1が昭和57年1月にFを胎児認知し,これを契機に原告らに全く生活費を送らなくなったこと,原告X1に対し上記(1)エのとおりの脅迫を繰り返したこと,X2が,昭和57年春ころ,大学受験に失敗して2浪になったことで進路に迷い,被告Y1に電話して相談しようとしたところ,被告Y1から冷たく拒否されたことなどが決定的な影響を及ぼし,原告X2は,昭和58年,統合失調症を発症した。原告X1は,被告Y1に健康保険証の返却を含めて相談しようとたが,被告Y1は「現在はY2と暮らしているから協力できない。」と言って取り合わず,上記(1)ウのとおり,原告らの健康保険証を取り上げたまま返却しなかったため,原告X2は統合失調症の初期治療の機会を逸し,結果として,生涯に渡って就労不能にさせられた。 また,前記のとおり原告X1の胆嚢炎が悪化し,昼は寝たきりになり,夜は発作を起こす状態になったものの,被告Y1が全く面倒を見ないため,子どもである原告X2が面倒を見なければならず,心理的負担になった。 ウ 被告Y1は,上記の各行為により,原告X2に重大な被害を与え,精神病を発症させた。また,被告Y1は,これを放置するどころか症状を悪化させ,また,離婚の裁判の中では,「X2の回復のための経済的援助を惜しまない決意である。」などと述べて離婚判決を取得していながら,実際は義務自体を争い,全く援助を行わなかった。 エ 被告Y1の上記行為は,原告X2に対する故意過失に基づく違法行為で不法行為に当たるから,被告Y1は,原告X2の後記損害を賠償する義務がある。被告Y2は,被告Y1との関係が不貞関係であることを承知していたし,遅くとも原告X1がY1に原告X2の病状を伝え,協力を求めた時点では,原告X2の病状を認識した。それにもかかわらず,被告Y2は,被告Y1から原告X2への治療のための支援等を妨げ,原告X2を現在のような病状に至らしめたのであるから,被告Y1と共同して不法行為を行ったと評価でき,原告X2の後記損害を賠償する義務がある。 (被告らの主張) 原告X2の主張アないしエの事実は否認し,主張は争う。被告Y1は原告X2に対する虐待を行っていない。被告Y1が原告X2と最後に会ったのは,原告X2の大学受験のころの昭和57年1月か2月ころであり,その後は1度も会っていないし,電話もしていない。 また,被告Y1は昭和54年4月ころまで月に1度原告X1の所に赴き,給料を渡していたが,会話もなく,原告X2も姿を見せなかったので,原告X2の病状は認識していなかった。上記のとおり,被告Y1が原告X2の病状を知ったのは平成7年である。被告Y1は,更新のため原告X1から保険証の交付を受け,事務的手続の齟齬で若干返却が遅れたことはあったが,意図的にしたものではないし,このことと原告X2の初期治療の機会を逃したことは因果関係がない。 (4)争点(4)(原告X2の損害及び因果関係)について (原告X2の主張) ア 原告X2は,被告Y1による別居や生活費を送らないことなどの仕打ちを幼少のころから目にし,長年にわたって劣悪な環境のもとに育つこととなった。このため,原告X2は,昭和58年に大学通学のため金沢に下宿していた際,統合失調症を発症した。このとき,被告Y1が健康保険証を取り上げていたため,原告X2は発症直後に初期治療を受けることもできず,さらに,前記3(1)エの被告Y1による脅迫のため症状が悪化した。このため,原告X2は,薬学部卒業が4か月遅れと さらに詳しくみる:なり,薬剤師免許の取得に卒業後3年もかか・・・ |
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