「原告が帰宅」に関する事例の判例原文:妻の宗教活動から生じた婚姻生活の破綻
「原告が帰宅」関する判例の原文を掲載:ことはできないと言って原告と口論となった・・・
「宗教活動と離婚請求」の判例原文:ことはできないと言って原告と口論となった・・・
| 原文 | 人を連れて行っていたが、原告は同年七月ころから、被告がこの集会に参加しようとするや、被告を殴打したり足を蹴ったりする等の暴行を加えて右参加を阻止しようとした。結婚後原告が被告に暴力を振ったのは右が初めてであった。同年八月原被告は墓参りに行ったが、その際、被告は行くことは行くが墓に手を合わせることはできないと言って原告と口論となった。同年秋児島での秋祭りの際近所の子供らはみこし担ぎをしたが、被告は長男一郎一当時五歳一を被告の信仰上の理由から右秋祭りに参加させなかった。一郎は近所の子供らと一緒にみこし担ぎが勇きないことを淋しく思い、原告は被告に参加させなかった理由を問い質したが、被告は自分の信仰と違うものにへつらうと神の加護が少なくなると説明し、原告は益々被告に対し不信感を募らせた。 被告は原告の暴力を恐れてエホバの証人の集会への参加を一時中断していたが、同年一一月ころから原告の反対を押し切って子供を連れて右集会に参加するようになった。原告は被告にエホバの証人は一元的にしかものを見ないから偏った人問になると言って説得したが、被告はこれを聞き入れないため、原告は被告に右信仰を止めてほしい一心で、集会に行く前と集会から帰った後被告に対し平手で顔面を殴打する等の暴行を加えたり、寒い夜に鍵を掛けて家に入れないこともあった。昭和六一年正月原被告は原告の姉の家族と一緒に宮島に参拝に行ったが、被告は行くことは行くが参拝しないと言って参拝しなかったため、原告はその日の夜被告の顔を数回殴打した。また、被告の両親や二人の姉も児島の原告方に来て被告に対しエホバの証人の信仰を止め、元の生活に戻ったらどうかと何度も説得したが、効果がなかった。その後も被告は日曜日に子供二人を連れて集会に参加し、その際は原告は被告に暴力を加えて口論となるということを繰り返していたが、原告が被告に対しエホバの証人の信仰を許さないで右のように暴力を振うため、被告は遂に同年五月ころ二人の子供を連れて門司の実家に帰った。原告は毎週のように門司に子供らに会いに行っていたので、被告は原告に喜んでもらえると思い、同年八月子供二人を連れて児島に帰ろうとしたが、原告は被告が前日児島のエホバの証人の仲問の家に宿泊したことを責め、子供二人だけを自宅に入れ、被告は入れなかった。そして、子供二人は原告が広島の原告の実家に預けて原告の両親が養育し、原告が広島支店勤務となった平成二年四月からは原告も右実家で一緒に生活し、その生活は安定している。 なお、昭和六二年六月原告は東京に転勤になり、被告も東京でアパートを借りて生活し、しばらくの間原被告は会って被告の信仰のことなどについて話し合ったが、被告に信仰を止める意思が全くなかったため、原告は被告との離婚はやむをえないと固く決心した。被告は昭和六三年バプテスマ(洗礼)を受け、一週間に二回位朝九時から一○時半までの一時間半位戸別訪問して伝道に出歩いている。 エホバの証人は、子供の養育等に関係するものとして、信者に次のようなことを厳格に教えている。 (一) エホバの神は絶対で唯一であり、専心の愛を求めるから、エホバの神以外のものを崇拝することは禁止される。したがって、先祖崇拝は許されないから、墓参りをしても合掌しない。国歌や校歌も歌わない。国旗に対して敬礼しない。 (二) 正月、節分、ひな祭り、節句の行事や儀式に参加しない。 (三) 輸血は行わない。 (四) 武道はしない。学校の課外活動にも参加しない。 (五) 親は、子供が運動選手としてではなく、神の奉仕者としての仕事を生涯追い求めることを願う。 (六) 投票は認めない。したがって、選挙のときには投票せず、棄権する。 被告は右教義を絶対的なものとして信じており、皆がエホバの証人に反対するのは聖書の知識がないからだと考えている。原告は、エホバの証人は右のような教義を持っているほか、他の考え方を全く受け入れようとしないとして右宗教を強く嫌悪し、子供を連れて伝道に歩いていることにも嫌悪感を抱いている。更に、原告は右宗教は子供の養育上悪影響があると考えている。 2 右認定の事実に基づいて原被告間の婚姻関係が破綻しているかについて判断する。 原告は前記認定のような教義を持つエホバの証人を強く嫌悪し、二人の子供に同教義が教え込まれるこ さらに詳しくみる:とに強く反対し、被告に対し宗教活動を中止・・・ |
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