「同アパート」に関する事例の判例原文:夫と妻の価値観の違いによる結婚生活の破綻
「同アパート」関する判例の原文を掲載:の不一致やAの教育問題を挙げているが,こ・・・
「夫婦間での価値観の違いから夫婦関係が疎遠になり、また、別居期間が長期間になっていることから離婚請求が認められた判例」の判例原文:の不一致やAの教育問題を挙げているが,こ・・・
| 原文 | 反するものであり,認められるべきではない。 別居期間が9年を超えているとしても,それは,原告が,同居義務を怠り,一方的に家を出たことによるものであり,また,同棲期間を含めた20年以上の同居期間との対比からすれば,9年の別居期間は長きに相当するというほどではない。 原告は,婚姻関係破綻の理由として,性格の不一致やAの教育問題を挙げているが,これは事実に反するものであり,被告やAの心を傷つけ,また,信頼を裏切る行為である。 また,原告は,平成11年にも,被告に対して離婚請求訴訟を提起しているが(平成11年(タ)第400号,以下「前件訴訟」という。),その原告本人尋問において,Dとの交際を隠し,虚偽の事実を述べるなど,誠実さが欠如している。 原告もDも,共に教育者の立場にあるものであるにもかかわらず,不倫という状況で子供をもうけるなど,法に従う真摯さが欠如している。 仮に,離婚という結果が生じると,現在,52歳で生活能力のない被告は,経済的にも困窮する結果になり,また,その精神的打撃も甚大である。他方,Dは,大学の講師として十分な報酬を得ており,生活力を危惧する必要はない。 これらの事情によれば,離婚後の被告が極めて過酷な状況におかれるのは明らかであり,又,原告の行為は,著しく社会的正義に反するものであるから,原告の本件離婚請求は,信義誠実の原則に反するものとして許されない。 第3 当裁判所の判断 1 証拠(甲1ないし4,7ないし9,乙2ないし11,14,17,21,24,26ないし33,43,46ないし49,62,原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。 (1)原告と被告は,小学校,高校の同窓生で,昭和46年6月ころ,K高校の同窓会で再開して以来,交際するようになり,昭和49年ころから同棲を始めた。原告と被告は,昭和50年にそれぞれ大学を卒業後,昭和51年4月に結婚し,昭和**年*月*日には,長女Aが誕生した。 (2)原告は,大学卒業後,L大学大学院に進学し,大学院修了後は,L大学助手,M女子大学専任講師等を経て,現在,I大学の教授であり,日本の古代語等を研究分野としている。 被告は,原告との結婚後は,専業主婦であったが,原告との別居後は,地質会社等にパートで勤め,現在は,個人で結婚相談所を開設している。 (3)原告は,平成4年9月から同年11月まで,国際交流基金の派遣で,中国北京市の○○センター(F大学内に設置)に赴任し,当時言語コースの研修生であったDと知り合い,指導教官として指導をするなどしたほか,他の研修生と共に食事や観光に出かけるなど,親しくしていた。 (4)Dは,平成5年3月21日,H大学において,言語学専攻の教授に指導を受ける予定で来日し,同年9月末まで,滞在した。その間,原告は,Dを含めた研修生達と二度ほど食事をしたほか,Dから,個別に,修士論文の相談を受けたことがあった。 (5)原告は,中国滞在の期間中に,日本への帰国後,再度,中国に赴任したいとの考えを持っていたことから,平成5年5月,被告に対し,B大学に平成6年4月から赴任することを話したが,被告は,強く反対し,「もし中国に行くなら私を殺してからいけ。」という内容の手紙を原告宛てに書いたことがあった。原告は,被告のこの手紙を見て,単身で中国に赴任することを決意するとともに,被告に対し,離婚を求めるようになった。また,このころから,原告と被告との間で言い争いが生じることがあり,原告は,無断で外泊することがあった。 (6)原告は,平成6年3月下旬ころ,一年間の予定でB大学に赴任した。 同年4月に,被告とAとが,被告の宿舎を訪問すると,宿舎の部屋にはDが来訪していたほか,原告が下着姿でいたことがあった。 原告は,中国滞在中,被告に対し,離婚を強く求める書簡を送ったが,被告は承諾しなかった。 (7)平成7年4月,原告は中国から帰国したが,原告は,被告に対し,日常生活の中で嫌悪感を抱くようになり,同年6月,ウィークリーマンションを借りて単身転居した。原告は,被告との別居後,月に1回程度,被告の住居に郵便物,洋服,本等を取りに行くようになり,折を見て,被告に離婚の話をしたが,被告は,取り合わなかった。 (8)原告は,平成7年及び平成8年の夏休みを利用し,B大学を訪問した。平成8年の夏に原告が訪問した際には,Dから,日本への留学について,受け入れ先となって欲しいと依頼され,帰国後,客員研究員として受け入れるため,入国管理局との折衝等の手続を行った。 (9)Dは,平成8年12月下旬に,再来日し,平成9年4月から,I大学大学院の後期課程 さらに詳しくみる:に入学し,原告が指導教授となった。Dは,・・・ |
|---|
