「大学に入学」に関する事例の判例原文:長期間の別居による結婚生活の破綻
「大学に入学」関する判例の原文を掲載:C学園に入学し、家族4人で外国生活を送っ・・・
「1度目の裁判では認められなかった離婚請求が2度目の裁判により認められた判例」の判例原文:C学園に入学し、家族4人で外国生活を送っ・・・
| 原文 | 2年から6年までは、被告、A及びBもイスタンブールに赴き、AはフランスのC学園に入学し、家族4人で外国生活を送った。Aが高校2年生を迎える平成6年3月に、その大学受験準備のため、被告と子供二人が先に日本に帰国した。原告は、単身イスタンブールに残ったが、同年夏には一時帰国し、被告と相談の上、世田谷区梅丘の被告肩書住所地所在のマンション(以下「本件マンション」という。)を一家の自宅として購入することを決定した。原告は、平成7年4月、イスタンブール勤務を終えて帰国した。 (5)原告は、勤務先の商社から、イスラエル事務所開設準備のためまずヨルダンのアンマンに赴任し、イスラエル事務所開設後はテルアビブに赴任することを命じられ、平成7年6月にアンマンに単身赴任し、続いて、平成8年にテルアビブに赴任した。 (6)被告は、Aが同年から大学に入学し千葉県野田市で下宿生活を始めたので、当時中学生の長女をフランスのC学園に入学させ、自らは原告の帯同家族として、イスラエルに赴くこととなった。 (7)平成8年1月にイスラエルにおける原告と被告の生活が始まったが、ほどなく、被告は、イスラエルに数週間滞在したのみで帰国することとなった。その後、被告は、平成9年の3月と9月にもイスラエルに赴いたが、数週間滞在したのみで帰国した。なお、被告がイスラエルに滞在している平成9年3月、原告が東京に出張することとなり、東京滞在中の宿泊先として本件マンションを使用するため、被告が所持していた本件マンションの鍵を原告に交付するよう求めたが、被告がこれに応じなかったため、原告は、東京での滞在中、本件マンションに泊まることなく、都内のホテルで過ごすこととなるという事件もあった。 (8)原告は、事前に被告との間での話し合いや離婚の申入れをすることなく、また予告もせずに、弁護士に委任して、平成10年7月に東京家庭裁判所に離婚調停の申立てをし、調停が不調となるや、同年9月25日に前訴を提起した。上記調停申立て以後も、原告、被告間における本人同士の話し合いは行われなかった。 (9)原告は、前訴提起後、本件マンション購入の際の住宅ローンの弁済や固定資産税の支払を中止し、被告に対する生活費の送金をしなくなった。原告は、被告が平成元年に当時の自宅マンションを売却した際の売却益等を原資とする余裕資金を持っているはずであるから、被告がそこから住宅ローンの弁済や生活費を捻出すれぱよいと考えていたが、被告が余裕資金を有していることを現実に確認したこともなく、平成元年のマンション売却の際の剰余金の額等を現実に確認したこともなかった。被告は、アルバイト等を行って、自己の生活費を得ていたが、被告からの婚姻費用分担の調停の申立てに基づき、平成11年11月24日になって、東京家庭裁判所において調停が成立し、両者の離婚又は別居解消に至るまで、原告から被告に対して毎月22万円ずつを支払うとともに、住宅ローンを原告において支払うこととなった。 (10)また、原告は、被告とは相談することなく、高校2年生の長女を平成11年の2学期以降C学園から日本国内のD学園本校に転校させることに決めたが、長女の日本での居住場所、監護者(殊に離婚した場合の監護者)等については決めていなかった。 2 控訴審判決は、原告と被告との婚姻関係について、概略以下のとおり説示し、原告の控訴を棄却した。(甲3) (1)両者の婚姻生活の経過からする限り、両者は、夫婦仲の良いほうではなかったものの、その間での各種のいさかいは、通常の夫婦間にも間々みられる出来事の域を出るものではないとも考えられ さらに詳しくみる:るようなものであり、また、平成7年に原告・・・ |
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