「上破綻」に関する事例の判例原文:外国人の夫と日本人の妻のお互いの文化の違いによる、結婚生活の破綻
「上破綻」関する判例の原文を掲載:い、4月ころから交際を始め、性交渉をもっ・・・
「夫と妻のお互いの離婚の請求と妻への財産分与を認めたが、お互いの慰謝料請求を認めなかった判例」の判例原文:い、4月ころから交際を始め、性交渉をもっ・・・
| 原文 | 告は、被告と知り合う以前、アメリカで、船上でライブ演奏をしたりするフリーのミュージシャンとして稼働していた。被告は、中学卒業後、美容学校に通い、その後、父の経営するBの役員となり、昭和59年、19歳で前夫と婚姻してAをもうけたが、昭和62年に前夫と離婚した。 イ 原告と被告は、平成元年3月、横浜博覧会の際に、原告がミュージシャンとして来日し、被告がガイドを務めていたことで知り合い、4月ころから交際を始め、性交渉をもった。その後、原告と被告は、被告がAを連れてアメリカに行ったり原告が来日したりして、1、2週間共に過ごすということを年に3、4回するといった交際を続け、平成4年10月ころ婚姻の約束をし、平成5年5月25日に婚姻した。 ウ 原告と被告の会話は全て英語であったが、被告は、原告と知り合った当時、中学で勉強した以外に英語学習をしたことはなく、英語による会話能力は皆無に近く、原告に手紙を書くときも、参考書籍から引き写しながら書くような状態であった。被告は、その後、独学で英語を学習し、原告と婚姻するころには日常会話は十分行えるようになっていたが、複雑な内容を正確に伝えられるほどの英語力はまだ付いていなかった。 エ 原告が日本に居住することになったのは日本に仕事があったからではなく、被告との婚姻生活のためであり、日本では、配偶者ビザを取得してからアルバイト的な演奏活動や音楽の個人教授などを始め、その後、平成6年9月、F・インターナショナルスクール(以下「F」という。)の音楽教師となった。平成7年4月、日本の小学校4年生の課程を終えたAは、主に原告とのコミュニケーションのことを考えて、Fに転校し、同校の4年生に編入されたが、この件で、被告は、区役所から、義務教育上の観点からAに日本の学籍を続けさせるよう指導を受けた。これらAの教育問題について、原告と被告との間の相互理解は必ずしも十分でなかった。 (2)ア 被告は、Bから月額約35万円の役員報酬を得ていたほか、Aの教育費などにもしばしば実家から援助を受け、また、被告自身も平成3年から平成6年までCで契約社員として働いていたこともあって、このころの原告と被告との婚姻生活は、経済的には相当ゆとりがあった。 イ 原告は、性交渉については極めて積極的であったが、被告は、子宮内膜症という持病があったこともあって原告の要求を拒むことがよくあった。そのような際に、原告は、被告の言葉から、侮辱されているように感じることが多かった。また、原告は、被告の病気のことについて正確な認識を持ち得ておらず、治療などについて話し合ってもかみ合わず、その結果、婚姻関係のうちの性的側面において、常に不満を感じ続けていた。 ウ 被告は、平成6年ころ、Cを一旦退社し、その後、平成7年3月ころまで、Bで週5日フルタイムで働いた。同年4月、原告と被告は世田谷区に転居し、被告がBで勤務するのは週1、2回になった。 エ 平成8年6月6日、原告が被告に仕事のスキルがないなどと言ったことから口論になり、まず被告が原告の頬を叩き、原告が被告の腹部を強く押すか殴るかしたということがあった。被告は、翌日病院で受診し、打撲と診断された。婚姻後、原告と被告との間に暴力的なことがあったのはこのときが初めてで、その後も平成13年11月まで、暴力的なことはなかったが、原告は、このころから、被告との婚姻生活を維持することについて疑念を持つようになった。(乙1) オ 被告は、平成9年ころから再びCで働いたが、平成12年12月ころ、健康上の理由で退職した。 (3)ア 平成13年12月、原告と被告が口論した際、 さらに詳しくみる:被告が原告の頬を叩いたことがあった。 ・・・ |
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