「支払を中止」に関する事例の判例原文:長期間の別居による結婚生活の破綻
「支払を中止」関する判例の原文を掲載:婦関係を継続してきた。もっとも、原告と被・・・
「1度目の裁判では認められなかった離婚請求が2度目の裁判により認められた判例」の判例原文:婦関係を継続してきた。もっとも、原告と被・・・
| 原文 | Aは、大学生で、千葉県野田市で下宿生活をし、Bは、フランスのC学園の高校2年生であった。 (2)原告と被告は、夫婦仲の良いほうではなかったものの、平成10年7月に原告が前調停事件の申立てをするまでは、一応は通常の夫婦関係を継続してきた。もっとも、原告と被告との間では、口げんか等のいさかいが絶えず、原告が被告に対して暴力をふるうことがあり、また、昭和58年ころには、原告が家出を繰り返すなどして、離婚話が持ち上がったこともあったが、被告の兄の説得があったりして、これも大事には至らず、さらには、両者の間で、口論から揉み合いになり、警察官が駆けつけるという騒ぎになったこともあった。しかしその後も、両名は何とか夫婦関係を維持、継続してきた。また、その後の一時期、原告は、被告に知らせずにサラ金やクレジット会社等から借金をし、平成元年当時の借金の額が合計1500万円くらいにもなっていた。 (3)原告は、平成元年に、トルコのイスタンブールに転勤になり、最初の1年間は単身赴任したが、その際、被告に対して、当時の自宅マンションを売却して住宅ローン及びその他の借金の清算をすることを指示した。これによって、被告の手元に若干の剰余金が生じたが、家族の二重生活や外国渡航に伴う諸費用等に使用されたため、この剰余金はまとまった形では残っていない。 (4)平成2年から6年までは、被告、A及びBもイスタンブールに赴き、AはフランスのC学園に入学し、家族4人で外国生活を送った。Aが高校2年生を迎える平成6年3月に、その大学受験準備のため、被告と子供二人が先に日本に帰国した。原告は、単身イスタンブールに残ったが、同年夏には一時帰国し、被告と相談の上、世田谷区梅丘の被告肩書住所地所在のマンション(以下「本件マンション」という。)を一家の自宅として購入することを決定した。原告は、平成7年4月、イスタンブール勤務を終えて帰国した。 (5)原告は、勤務先の商社から、イスラエル事務所開設準備のためまずヨルダンのアンマンに赴任し、イスラエル事務所開設後はテルアビブに赴任することを命じられ、平成7年6月にアンマンに単身赴任し、続いて、平成8年にテルアビブに赴任した。 (6)被告は、Aが同年から大学に入学し千葉県野田市で下宿生活を始めたので、当時中学生の長女をフランスのC学園に入学させ、自らは原告の帯同家族として、イスラエルに赴くこととなった。 (7)平成8年1月にイスラエルにおける原告と被告の生活が始まったが、ほどなく、被告は、イスラエルに数週間滞在したのみで帰国することとなった。その後、被告は、平成9年の3月と9月にもイスラエルに赴いたが、数週間滞在したのみで帰国した。なお、被告がイスラエルに滞在している平成9年3月、原告が東京に出張することとなり、東京滞在中の宿泊先として本件マンションを使用するため、被告が所持していた本件マンションの鍵を原告に交付するよう求めたが、被告がこれに応じなかったため、原告は、東京での滞在中、本件マンションに泊まることなく、都内のホテルで過ごすこととなるという事件もあった。 (8)原告は、事前に被告との間での話し合いや離婚の申入れをすることなく、また予告もせずに、弁護士に委任して、平成10年7月に東京家庭裁判所に離婚調停の申立てをし、調停が不調となるや、同年9月25日に前訴を提起した。上記調停申立て以後も、原告、被告間における本人同士の話し合いは行われなかった。 (9)原告は、前訴提起後、本件マンション購入の際の住宅ローンの弁済や固定資産税の支払を中止し、被告に対する生活費の送金をしなくなった。原告は、被告が平成元年に当時の自宅マンションを売却した際の売却益等 さらに詳しくみる:を原資とする余裕資金を持っているはずであ・・・ |
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