「たまたま」に関する事例の判例原文:妻の宗教活動から生じた婚姻生活の破綻
「たまたま」関する判例の原文を掲載:その宗教活動の中止を求めても、右教義の内・・・
「宗教活動と離婚請求」の判例原文:その宗教活動の中止を求めても、右教義の内・・・
| 原文 | 受けることはやむをえないところである。 本件の場合、エホバの証人は前記のような教義を持っており、原告が二人の子供に右教義を教え込まれたくないと考えたり、家族一緒に正月を祝い、先祖供養のため墓参りをする等世間一般に行われていることはしたいと考えて、被告に対し右宗教に傾倒しないようにその宗教活動の中止を求めても、右教義の内容に照らし、原告だけが間違っていると非難することはできず、原告の考え方や気持を無視している被告にも責任があるというべきである。原告はもう少し被告の信仰に寛容になってもよいのではないかという考えがあるかもしれないが、本件の場合寛容になることは、エホバの証人の教義でもって被告が行動し、二人の子供が右教義を教え込まれ、実行させられるのを是認するのと同じことであり、原告はこれは夫としてまた父として耐え難いことであると述べているのであって、原告が寛容でないことを理由に原告に破綻の主な責任があるという考えには到底賛成することはできない。また、被告は今後は子供のことに関して自分の一存で決めないで原告と相談して決めたいと供述するが、エホバの証人の前記認定の教義の(五)によれば、同宗教の信者の親は子供が神の奉仕者としての仕事を生涯追い求めることを願うとされており、被告が今後原告と相談してもエホバの証人の教義に反することについて、弾力的な態度をとることは到底期待できない。 したがって、原告が被告に対しエホバの証人の信仰及びその教義の実践を含む宗教活動の中止を求め、これを許そうとしなかったとしても、原告だけを責めることはできず、結局原 告間の婚姻関係の破綻の主な責任が原告にあるということはできない。 よって、原告には婚姻を継続し難い重大な 由があるから、原告の本訴請求は民法七七○条一項五号により認められるべきである。 三 二人の子供の親権者については、前記認定事実によれば、二人の子供は昭和六一年八月から原告の両親に養育され、平成二年四月からは原告らと一緒に生活してその生活は安定しているので、原告と定めるのが相当である。 四 よって、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官吉岡 浩) |
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