「父母」に関する離婚事例
「父母」に関する離婚判例・離婚事例要約をはじめ、「父母」関連の離婚調停に関する離婚判例のご紹介
「妻の扶助義務違反により離婚が認められた判例」
キーポイント | 離婚に関する事件では、結婚の継続をこれ以上できない理由がある場合に、離婚を認めるという大原則があります。 今回の事例は、妻が家事を一切しない上に借金を作りギャンブルに呆けていたというあきれた事例ですが、当然のごとく夫の離婚請求が認められています。 |
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事例要約 | この裁判を起こしたのは、妻(原告)であり、裁判を起こされたのは、その夫(被告)です。 1.夫婦の結婚 夫婦は夫が妻の実家に養子に迎え入れられる形で結婚しました。 2.夫婦の別居 長男の太郎(仮名)が生まれた当初から、夫が精神的に失調するなどして不安定な生活をしており、やがて夫は実家に帰ることになってしまいました。 3.妻の乱れた生活 二男の次郎(仮名)が生まれた時から、妻は、家事を省みずパチンコやと外での飲食が目立つようになった上、サラ金からお金を借りるようになり、その取り立ても厳しくなってきました。妻に家計を任せていた夫としては、このままでは将来の生活も子供の成長にも不安が残ると判断し、家事の一切を自分で行うこととし、生活費は自分で管理することにしました。妻の、家族に対する協力は全くと言っていいほどありませんでした。妻は、妻の母親が他界した時も夫にまかせっきりであり、次郎がシンナーが原因で少年鑑別所に入所した時も一度も面会していません。 4.離婚調停 耐えかねた夫は東京家庭裁判所に夫婦関係調停を申し立てましたが、妻が裁判所に現れず不成立となりました。 5.別居 借金の取り立てが厳しくなったことと、次郎の成人も近くなったため、夫は妻と完全に別居することにし、千葉に引っ越すことを決めました。その際、離婚届を2枚示して、妻にハンコを押させました。一通は妻が、もう一通は自分の手元に置き、妻の年金や保険料は夫が今後5年間は支払う代わりに、5年後には離婚届を確実に提出する約束し、妻は特に反対しませんでした。 6. 離婚 5年の間、夫は妻の姉を通して妻に5年後には確実に離婚届を提出するとの言伝を頼んでおり、5年たった後、夫は、妻の判子だけ押された離婚届に自分の名前、妻の名前を書き提出したところ役所に受理されました。 7. 妻が裁判を起こす 上記の離婚届を受けて、妻が当判例の裁判を起こしました。 |
「離婚を請求した夫が、反対に妻から夫と夫の父母に対し離婚や慰謝料等を請求され、さらに夫の父母が妻に対し慰謝料等を請求した判例」
キーポイント | 当事件は、当事者のお互いが離婚を請求しています。そのため裁判所が離婚を請求する理由を求めるまでも無く、離婚を認めている点が一つのポイントです。 逆に慰謝料の請求につき、責任の所在を明確にし、判断を下しているのももう一つのポイントです。 |
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事例要約 | この裁判を起こしたのは、夫(原告)であり、裁判を起こされたのは、その妻(被告)です。 1 結婚 当事件の当事者である夫は、妻と平成3年4月26日に婚姻の届出をし、夫婦となりました。 2 子供たちの誕生 夫と妻の間には、平成5年に長男 太郎(仮名)が、平成6年に長女 花子(仮名)、平成7年には二女 由美(仮名)がそれぞれ誕生しました。 3 妻の決断 妻は、平成3年の結婚後間もなくから受けていた夫の父母の圧力や、それに対する妻をかばおうとしない夫の態度に悩まされ、平成8年の11月30日に置き手紙を残し、子供たちとともに現自宅を去りました。 4 夫婦間の話し合いはまとまらず その後、夫と妻との間に話し合いの機会が何回か設けられましたが、夫が不法に子供を奪還したりした結果、両者とも話し合いに応じなくなりました。 妻は、平成9年2月12日に夫婦関係調整と子の引渡しを求める調停を申し立てましたが、平成9年12月17日に子の引渡しのみ審判が下され、夫婦関係調整の申し立ては却下されました。 5 夫が当判例の裁判を起こす 夫は、妻が子供たちを連れて出て行ったことや各調停の申し立てをしたことにより精神的苦痛を受けたとして、平成13年7月24日に当裁判を起こしました。 |
「妻が旧姓を使って仕事をしていることを問題視した夫に対する離婚請求が認められた判例」
キーポイント | この事件のキーポイントは離婚が認められるためには、結婚生活をこれ以上継続することができない重大な理由が当事者の間になければなりません。 妻と夫の価値観の違いより、妻の請求がどれだけ認められるかが問題になります。 |
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事例要約 | この裁判を起こしたのは、妻(原告)であり、裁判を起こされたのは、その夫(被告)です。 1 夫との出会い 平成6年頃、妻が受付業務のアルバイトをしていた音楽教室で夫がピアノを習っていたことから二人は知り合いました。 2 夫との交際 二人はその後、親しく交際した時期もありましたが、しばらく疎遠となっていました。妻は、東京芸大を経て平成10年5月頃からドイツに居住して音楽大学に通い、声楽を履修していましたが平成11年9月頃から日本に居住する夫と手紙をやりとりするようになりました。 平成12年5月頃から再び親しい関係になり、平成12年8月頃から結婚を前提に交際し平成13年2月28日頃に正式に婚約しました。 3 妻がドイツでオペラ歌手として採用される 妻は平成13年8月に音楽大学を卒業する予定で、その後日本に帰国し夫と挙式し入籍する予定でしたが平成13年1月頃ドイツの歌劇場からオペラ歌手として採用されることが決まり、夫の了解のもと平成13年9月から1年間ドイツでオペラ歌手として働くことになりました。 4 夫との結婚 妻と夫は、当初の予定を早めて平成13年3月22日に入籍し、妻はすぐにドイツに戻ったため結婚直後も同居期間はありませんでした。妻は平成13年8月に音楽大学を卒業して一旦帰国し、平成13年8月25日に結婚披露宴を挙げてこの間、妻と夫は1か月程同居しました。妻は平成13年8月中にドイツに戻り、平成13年9月1日頃から歌劇場でオペラ歌手として働きました。その際妻は、上記歌劇場とは旧姓の山田(仮名)で契約していたため、ドイツでのオペラ歌手としての活動には山田姓を使用していましたが、その点については夫の了解を得ていました。 5 夫が妻の旧姓での活動を問題視するようになる 夫は平成14年4月23日頃から同月28日頃までドイツを訪問し妻が出演しているオペレッタを観劇したりオーケストラの演奏を聞いたりして過ごしましたが、妻がドイツで旧姓を使っているという話が出たことで夫はショックを受けました。それ以後、夫は妻が夫の姓を受け入れていないのではないかと気にかかるようになり、妻がオペラ歌手の仕事関係で山田姓を使用していることや妻の携帯電話の留守番応答が山田姓のままであることを問題視するようになりました。そして、その件を巡りメールやファクスが交わされ、妻が山田姓を使用している理由を夫に説明しても夫が理解しようとせず、夫から結婚を継続するか否かの選択を迫まられるようなメールを受け取ったため、精神的に酷く傷つき夫に対する愛情が急速に冷め、離婚を意識するようになりました。 6 妻が離婚を決意して帰国 妻は平成14年5月13日頃に帰国し、まず熊本の父母方に行き、夫との離婚について相談しますが、父母からは本人同士で解決するように言われました。また妻と夫は連日深夜まで話をし、夫はメールの中に行き過ぎた表現があったことを謝罪し、妻に対する愛情は変わらない旨を述べ、妻の理解を得たものと受け取っていましたが、妻は夫が自己を正当化しその価値観を一方的に押しつけ妻を批判することに終始したものとしか受け取ることができず、精神的にも肉体的にも夫に対する愛情を失なっていきました。妻がドイツに戻った後は、平成14年8月末の帰国に向けて準備をしていましたが、この時点で夫とは価値観や結婚観あるいは感性が根本的に違うと悟り、夫と離婚する決意を固めました。自己の存在そのものである歌について悪く言われたことで、夫に生理的な嫌悪感すら抱くようになり、平成14年8月にドイツ国内で転居したもののその住所を夫には知らせず、現在も明らかにしていません。 7 妻の父母を含めての話し合い 平成14年9月4日頃、熊本で妻の父母を交えて話合いの場を持ちましたが、妻は夫の対応がこれまでと同じであったため短時間で席を立ち、話合いにはなりませんでした。その後妻はドイツで、夫は日本で生活し、妻と夫は、平成14年9月以降は調停期日において2回、いわゆる同席調停の場で顔を合わせただけでメールや手紙でのやりとりも平成14年9月頃が最後でそれ以後は全くないといっていい状況にありました。 |
「父母」に関するネット上の情報
②-3-6 真の父母が絶対必要な理由
真の父母と言います。皆さん、この真の父母という言葉は、恐ろしい言葉です。また、真の父母という言葉があるということは、偉大なことです。神様の愛を母体とした家庭をモデルとせずしては、氏族や民族、国家は編成されないのです。家庭を拡大させた氏族、...
②-3-1 普遍的父母も必要
なぜ父母が必要であり、なぜ子供が必要かということです。神様は霊的でしょう?分かりますか?神様は霊的です。息子は地的です。分かりますか?神様は霊的であり、息子は地...父母の実も結ばれるのです。同等な価値を持つということです。では、父母...
②-3-2 世の中の父母と真の父母
一つの新しい父母を探すために、昔の父母を捨てなければならない、そのような概念がエデンの園にありましたか?(いいえ)。なぜ、このような運命の中に生まれましたか?なぜ、このような運命を持って生まれ...父母を分けておき、息子娘を分けておき、家庭を分けておき、国家を分けておき。世界を全部こっぱみじんに分けておいたのです。そのように分けておく日が終わりの日であるの...
一)真の父母という言葉の意味
悪い父母で、堕落しない父母は善の父母であり、真の父母ということがいっぺんに分かるのに、それを今まで発表できなかったのです。それは、発表できる、この時を待ってきたのです。過去の歴史時代に、真の父母ということを考えた人がいるかもしれませんが、その背後がどうだということまでは解く道理がなかったのです。統一教会の膨大な原理の全体の内容を備えずしては、それ...
健康の源 水 ( 80歳半ばの父母の健康 と 畑作り )
素晴らしい父母と農業畑を元気に作る父母、満86歳と85歳である。特別な強靱な身体の持ち主ではない。なぜ、こんなに元気に頑張れるんだろう?画像をクリック拡大してね!...父母には、この年になっても頭は全く上がりません。未だに何かと世話になることの方が多いのですから・・・。母の二年前の虫垂炎(腹膜炎併発)の手術、昨年の骨折、父の前立腺...
亡き父母が恋しくて 加筆しました。
亡き父母が恋しくて親って、生きていてくれてるだけで、、側にいてくれてるだけでありがたい存在です。今は一時的な別れ、、。霊界に行けばまた会えると判っていても、、やはり、...元の私の父母と暮らせると言うなら、。その場合、結婚することも選ばないでしょう。捨て子のような境遇を選ぶでしょう。元の私の父母...
祖先に感謝、父母に感謝
人間には父母があり、祖先があり、祖先のもとには神様があり、その神様のいのちが自分に通うていて人間は生きているのです。ですから神様に感謝しなければならぬ。祖先に感謝...父母に感謝しなければならぬ。・・・(後略)】神に感謝、祖先に感謝、父母...
父母の恩
慈父の恩高きこと山王の如く悲母の恩深きこと大海の如し父母の恩重きこと天の極まり無きが如し両親の恩、愛情は天がどこまでも広がっているように無限の重さがあるんですよ。と父母、それに続くご先祖さんに感謝感謝です。良いお盆を?
本日の礼拝
その子女を見つめる父母はもっとかわいそうです。もし子女が、死んでいく場でも、父母を慰労し、父母に無限の感謝をささげて孝を尽くしたとすれば、父母の悲しみ、父母の苦痛、父母の悲惨さを埋めることができるのです。それと同じように、神様と私を中心として見てみるときも、私よりもっとかわいそうな方が神様ではないでしょうか。いつ神様が私に...
紅葉狩りドライブ
父母も大層喜んでよかった!!先日と違い、駐車場はいっぱい。その中を、関係者以外は通行止めの道を通らせてもらうので、気の毒な気がして・・・・・・。老人施設からも数...写真は父母と私、ソフト加工しています)