「名誉」に関する事例の判例原文:結婚生活に「耐え難さ」があることによる結婚生活の破綻
「名誉」関する判例の原文を掲載:産の分割をすることはできず,また,日本法・・・
「結婚生活を破綻させた原因のある夫からの離婚請求を、テキサス州法により、日本の裁判所が認めた判例」の判例原文:産の分割をすることはできず,また,日本法・・・
| 原文 | ての当事者の責任の有無を問うことなく,原告と被告の離婚を認める判決をするとともに,夫婦共有財産の分割を命じるべきことになると解するのが相当である。 (2)ア これに対し,被告は,テキサス州法上,夫婦共有財産の分割は離婚が許されるための実体的要件ではあるが,日本の裁判所は,同州の裁判所と異なり,裁判所侮辱罪などの強制的手続がないから,そもそも夫婦共有財産の分割をすることはできず,また,日本法上,財産分与をすべき者である原告からの財産分与の申立ては許されず,本件においては,財産分与を受ける者である被告からの財産分与の申立てがないから,結局,同州法によって離婚判決をすることはできないと主張する。 しかしながら,我が国の裁判所が裁判所侮辱罪の制裁を科することができないとしても,適切な証拠調べにより夫婦が所有する財産を把握することができないわけではないから,裁判所侮辱罪の制裁がないことをもって夫婦共有財産の分割ができない理由になるとはいえない。また,離婚に伴う財産分与は,テキサス州法をみても分かるように,離婚をどのように認めるかという問題と密接に関連しており,離婚に伴う財産分与については,離婚判決に際して裁判所は常に財産分与をしなければならないのか否かという点も含め,離婚準拠法によるのが相当であると認められるから,離婚判決においては夫婦共有財産の分割をしなければならないとされている同州法に基づいて離婚の可否について判決する以上,財産分割を受ける者からの財産分割の申立てがないからといって,離婚に伴う財産分割が許されない理由はないというべきである。 イ また,被告は,テキサス州法上,離婚については調停前置主義や「マリッジ・カウンセリング」などの制度等が採用され,これらの諸制度を実施しないまま,離婚判決をすることは許されないと主張する。 なるほど,離婚を裁判,調停あるいは配偶者間の協議などのいかなる手続で認めるべきかということは,いかなる場合に離婚を認めるべきかということと密接不可分の問題であるということができるところ,証拠(甲3,乙4)及び弁論の全趣旨によれば,テキサス州法上,裁判所は係属中の離婚の訴えを調停に付することができ,調停において,調停による解決の合意は,取消不能であることが独立の条項で規定され,当事者及び代理人が署名した場合は,当事者を拘束するものとされていることが認められるから,同州法においても我が国の調停離婚とほぼ同様の制度が行われていると解し得ないではない。しかしながら,証拠(甲3,乙4,5)及び弁論の全趣旨によれば,テキサス州法上,調停又は「マリッジ・カウンセリング」の実施が,離婚判決をするに当たっての必要的な要件であるとは認められず,上記諸制度が実施されていないことは,同州法を準拠法として,離婚判決をすることの妨げになるものではない。さらに,本件においては,前記前提となる事実のとおり,被告から夫婦関係調整調停の申立てがあり(東京家庭裁判所平成14年(家イ)第2209号),同調停は2002年(平成14年)9月30日に不調により終了しているのであって,原告と被告との間の婚姻関係をめぐる調停は,本件においては,実質的に既に行われていると評価することも可能である。 (3)以上のとおり,我が国の裁判所は,テキサス州法を準拠法として離婚判決をすることができ,離婚原因条項が規定する離婚事由の存否について審理した上,これが認められる場合には,離婚判決をするとともに,夫婦共有財産の分割を命じるべきであると解される。 2 争点(2)(テキサス州法上の離婚要件(耐え難さ)の有無)について そこで,まず,テキサス州法上の離婚要件(耐え難さ)の有無を検討し,これが認められる場合に,夫婦共有財産の分割について検討する。 (1)原告作成の陳述書(甲4,甲5の1)及び弁論の全趣旨によれば,①原告は,原告と被告の婚姻生活について,1981年(昭和56年)8月15日に婚姻した後,被告が婚姻後物事を皮相的な態度でみるようになったり,金銭に執着を示すようになったり,短気,かつ,自己中心的で,怒りやすく暴力的になったと考えるようになり,このような性格等の完全な相違から,被告との婚姻生活に苦痛を感じるまでになり,1997年(平成9年)秋ころには,被告に対し,離婚を申し入れたこと,しかし,②被告は,これに同意せず,逆に原告が被告の提案に応じて3か月間にわたって「マリッジ・カウンセリング」を受けたが,それでも原告の離婚の意思は変わらなかったこと,ただ,③原告は,被告が離婚の申入れに悩んでいる姿を見て,被告をこのような状態に置いていてはいけないと考え,被告との婚姻生活を継続したこと,④原告及び被告は,原告が日本で勤務することになったことから,1999年(平成11年)9月に来日して東京で生活を始めたが,これにより,原告は,被告との性格の不一致,価値観の相違をより顕著に感じるようになった さらに詳しくみる:こと,⑤原告は,2001年(平成13年)・・・ |
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