「内心」に関する事例の判例原文:価値観の違いによる結婚生活の破綻
「内心」関する判例の原文を掲載:原告の言動にかっとなり、怒りにまかせて原・・・
「夫の暴力を多少なりとも認定して慰謝料請求を認めた事例」の判例原文:原告の言動にかっとなり、怒りにまかせて原・・・
| 原文 | くにいたいという気持ちから帝王切開の手術日に希望を述べたことについて、原告は、被告は妊婦の健康よりも自分の都合を優先するというように解釈するといった気持ちの行き違いがあった。 (6)平成12年8月9日、原告と被告が口論した際に、被告が原告の言動にかっとなり、怒りにまかせて原告の体を掴んで壁に打ち付けるという行動に及び、その際、原告は壁に頭をぶつけた。原告も、鍋の蓋を手にとって被告に対峙した。原告は、被告の暴力について精神的に大きな衝撃を受け、被告に掴まれた部分を写真に撮っておくなどしたが、被告が原告に暴力を振るったのはこのときだけであり、また、暴力を振るったことについては、被告が原告に対して真摯に謝罪をしたことから、原告が、この件を理由に、これ以後、被告との離婚を考えていたというわけではなかった。(甲2) (7)平成13年1月半ばころ、原告は、原告の祖父が危篤であるとの知らせを受けて松山の実家に戻った。その後、祖父の容態は一時持ち直したが、なお急変のおそれがあり、また、当時、原告は、既に被告との婚姻関係の継続に不安感を有していたこともあって、帰宅を一日延ばしにしていた。もっとも、原告は、そのような内心をそれまで被告に直接告げたことはなく、松山滞在中に被告に送った手紙にも、長期間不在にして被告に迷惑を掛けている、Aに会えなくて寂しいと思うがAは元気であるといった内容の丁寧な手紙を書き送っていた。 平成13年2月11日、原告は一旦自宅に戻ったが、被告や被告の母親の言動が全て原告に対して否定的であるように感じられ、原告との婚姻生活を継続することはできないと感じ、同月14日、再び実家に戻った。その際、原告は、「▽▽▽さんにもう、ついていけなくなりました。松山から帰ってきた時に、まず祖父のことを気づかってほしかった。そして、私のこともいたわってほしかった・・・」という内容の置き手紙を残し、また、同月18日付けで、将来に対する不安を記載した手紙を松山から被告宛てに出した。(乙1、乙3、乙5) (8)平成13年3月11日ころ、被告は、原告に対し、昔の気持ちを思い出して明るい家庭を築こうという内容の手紙を出した。その直後、原告は、「私は離婚したいと思っています。お返事お待ちしております。」というわずか2行の手紙を書き、これを被告の会社に配達証明郵便で送った。被告は、その後も原告に手紙を書いたり、平成13年3月から7月までの間に合計4回松山を訪ねて原告に再考を求めた。原告は、平成13年5月ころには、弁護士を通じて離婚の話し合いに入りたいという意思を表明するようになっており、その後、被告の松山訪問などにより気持ちに逡巡があったものの、結局、離婚の意思を固めるに至った。被告は、原告が一度は家に戻るような手紙をよこしていたこともあって、原告が離婚を求める理由が理解できず、被告の努力にもかかわらず原告が離婚の意思を固めていくにしたがって、次第に、原告の行動に対して強い怒りを持つようになっていった。(甲37ないし甲48、乙6ないし乙12【枝番のあるものはこれを含む】) (9)原告は、平成13年12月25日、東京家庭裁判所に離婚を求める調停(平成13年(家イ)第8622号)を申し立てた。話し合いの結果、離婚と親権については折り合うことができたが、被告が離婚給付と養育費の支払を拒否したため調停は不成立に終わった。 平成14年9月、原告は、東京家庭裁判所に婚姻費用分担の調停(平成14年(家イ)第4755号)を申し立 さらに詳しくみる:て、平成13年3月1日以降、1か月13万・・・ |
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