「家事育児」に関する事例の判例原文:ぐうたらな妻が扶助義務を放棄したために結婚生活が破たんしたとされる事例
「家事育児」関する判例の原文を掲載:提出してよいが、被告夫は妻が経済的に自立・・・
「妻の扶助義務違反により離婚が認められた判例」の判例原文:提出してよいが、被告夫は妻が経済的に自立・・・
| 原文 | に自ら押印したものである。その際、被告夫は、長女及び二男立ち会いの下、離婚届出用紙2通に押印して、妻に対し、それぞれ1通所持し、妻はいつでも提出してよいが、被告夫は妻が経済的に自立するために提出を5年猶予する旨告げている。そして、被告夫は、妻に対し、事前に複数回通告した上、本件離婚届を提出したものであるから、本件離婚届は有効である。 (2)妻と被告夫は、昭和62年から家庭内別居の状態にあり、妻が、パチンコ、衣料及び遊興等の浪費により多重債務者に陥り、子供の学資保険等を使い込み、家事育児等を行わず、被告夫の妻、3子の母及びAの娘としての立場を捨てたものであり、妻の諸行をみれば同居できるわけがない。妻は、以前から生命保険の外交員、スナックの仕事等に従事し、家賃、光熱費及び食費は掛かっていないのであるから、その生活態度を改めれば、生活に困る状況にはなく、借金する必要はなかった。 (3)妻と被告夫の婚姻生活は、妻の身勝手かつ自己中心的な生活態度が原因で破綻したものである。 (4)妻の主張(4)は争う。 (5)妻の不法行為 ア 妻と被告夫の婚姻生活は、妻の身勝手かつ自己中心的な生活態度が原因で破綻したものである。 すなわち、妻は、3人の子の母親でありながら、生活上必要でもないのにスナックで夜の仕事をしたり、パチンコなどの遊興にふけり、家事育児を放棄してそれを夫である被告夫に押しつけた。家族に無断でサラ金等から自己消費目的で多額の借金をする一方で、借金の返済請求に対する対応を被告夫や子らにさせていた。 イ 妻は、妻の本訴提起は、妻と被告夫との間の平成9年3月23日の離婚届作成及びその届出に関する合意に反するものである。 (6)被告夫の主張する妻の不法行為は、前婚の破綻原因が妻に存することであり、本件離婚届の提出あるいは本予備的請求による離婚の時期を考えれば、消滅時効期間は満了していない。 第3 判断 1 前記前提事実及び証拠(甲1ないし5、乙1ないし34、証人G、妻、被告夫)と弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることかできる。 (1)被告夫は、叔母の夫が経営する東京にあるI商店に勤務していたところ、妻の実家は、そのI商店の下請け加工会社を経営しており、妻は、その三人姉妹の長女であったが、昭和41年、18歳のとき、被告夫の運転していた配達途中の車に道案内の目的で同乗中、事故に遭い、顔にけがをした。 被告夫は、これが契機となって上記下請け加工会社で働くことになり、妻の父母の強い意向で、妻と婚姻し、妻の父母と養子縁組をして、その家業を手伝うこととなった。 (2)妻と被告夫の間には、昭和43年に長男が誕生したが、被告夫は、職場における立場や将来性に関する思い込みのため、昭和46年ころから自律神経失調症に陥って、精神安定剤や睡眠薬の常用が始まり、昭和47年4月自殺未遂し、滋賀の実家に帰郷して建設会社に就職した。 妻は、同行せず、同年8月に長女を出産した。 被告夫は、妻及び子らとは1年ほど別居したが、家を建てて迎えた。 (3)しかし、妻は、昭和53年実家に帰り、同年8月に二男を出産した。被告夫は、離婚を考えたものの、子らが成人するまではとの思いがあり、養親からの願いもあり、東京(妻の実家の隣)に戻って就職し、妻と同居生活を再開した。 (4)妻は、昭和53年ころから、昼間のパートとパチンコをはじめ、Gが中学生になったころには、夜もパチンコや外で飲酒をするようになり、家族のために朝食を作ることもなくなっていった。 被告夫は、結婚以来家計の管理を妻に任せていたが、昭和62年に長男が高等学校を卒業し、専門学校入学金が必要となった際確認したところ、預金通帳の残高がほとんどないことが判明した。このとき、被告夫は、妻が「私が働いて、家族のために金を出して、一生懸命家計のやりくりをしている」と言ったので、「自分のものは自分で自由に使いなさい。」と言い、これ以上妻に任せておいたら、将来の生活も子供の成長にも不安が残ると判断して、自ら家計、家事及び洗濯等の一切を行うこととし、妻には生活費を渡さないことにした。 妻が衣類及び貴金属の購入や遊興費調達のた さらに詳しくみる:めにした借金に関し、平成2、3年ころから・・・ |
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