「給与収入」に関する事例の判例原文:自分の信念を曲げない夫による結婚生活の破綻
「給与収入」関する判例の原文を掲載:った。 原告は困り,被告に無・・・
「夫の協調性のない身勝手な態度が原因として、妻の離婚の請求と、親権・養育費の支払いも認めた判例」の判例原文:った。 原告は困り,被告に無・・・
| 原文 | くようになった。 そこで原告は,被告に対して生活費の困窮を伝えたが,被告は,飲食の嗜好を変えることもなく,原告で対処するようにと述べるに止まり,非協力的だった。 原告は困り,被告に無断で,被告名義のクレジットカード等を使用してカードローン会社から借金をするようになり,また,家賃等の支払いを遅滞した。そして,パートやアルバイト勤めに出るようになり,それで月収4万円程度の収入を得て,上記借金の支払等に充てていた。 c 被告は,平成5年から,一つの職場に腰を落ち着けて仕事をするようになった。しかし,外交員である被告の収入は不安定であり,70万円の収入がある月もあれば,ほとんど収入のない月もあり,原被告の生活は不安定だった。なお,被告の賃金体系によれば,経費を自分で負担することになっており,被告の月額の平均可処分所得は40万円程の年度もあるが,殆どの年度は30万円程になると推認される(乙4の1ないし8)。 被告は,外交員として勤務するほかに,演奏会などでピアノを弾き臨時収入を得たり,ピアノ教師としても収入があり,それは月額6,7万円程となった。しかし被告は,ピアノを自宅に持ち練習をしなければならないため,ピアノを置けて弾くことができるアパートに住む必要があり,被告宅は,その家賃が月額11万円程であり家計を逼迫させた。 d 被告の収入は不安定であるし,また,子らは成長し教育費等の費用もかかるようになり,家計は決して楽ではないことは誰にでも予測できる ところ,被告は,家計への配慮がないまま,従来どおりの生活を続け,原告もそれに逆らえず各種生活費を支出したことから,原告による前記借入は減ることはなく,むしろ借り換えなどにより増えることとなった。 平成10年の春又は夏頃には,借金や各種支払いの滞納分を併せると470万円程になった(このうちには,後に原告自身で返済した分もあるが,被告が返済したり,返済予定の分約300万円がある。)。 そしてこの頃,被告は,原告がカードローン会社に対し借金を有することを知るに至った。 e 原告の借金を知った被告は,原告に対して全債務の明細について説明を求め,家計簿をつけることを要求した。また,それ以降,毎夜のように酒を飲んでは,無断で借金したことで原告を責めるため,口論となり,被告は,その際,原告に向かって物を投げたり,「(被告宅から)出ていけ。」と罵声を浴びせたりし,原告もそれに応じ,時には取っ組み合いの喧嘩となった。 f 原告は,被告との離婚を考えるようになり,平成11年夏に自分の実家に帰省した際,子2人に対して別居や離婚のことを話した。 原告は,子2人に対して,被告が生活状況に関係なく勝手に事を決めてしまい,家事,家計に協力しないことから,生活が大変であり,被告との喧嘩が絶えないことになっており,別居,離婚したいことを説明した。 g これに対して,長女(当時小学4年生)は,被告と一緒にいたくないとして原告に同調したが,長男(当時小学6年生)は,原告と被告とのの日常の様子には耐えられないと述べたが別居,離婚については反対した。 h 原告は,同年9月20日,被告に暴力を振るわれ,ガラス片で左足を負傷するなどしたため,病院で治療を受けざるを得ないこととなった。 それから原告は,被告に対して離婚を求めるようになり,同年10月上旬,被告に対し各欄を記載するように求めて離婚届を渡した。 原告は,同月19日,子2人を連れて被告宅を出て別居を始め,原告と子2人は,現在,子2人と原告肩書地の原告宅(以下「原告宅」という。)で同居している(なお,後記のとおり,長女は平成14年4月から同年7月の間,原告宅を出て被告宅に移り,その間,被告と同居したが,同月末に原告宅に戻っている。)。 i 被告は,原告が家を出たことに衝撃を受け,平成12年10月20日,離婚を決意し,原告から渡されていた離婚届に署名,捺印し,その上,勤務先の上司に離婚の証人を依頼し,離婚届に同人の署名,捺印を受領し,それを原告に見せたりしたが,同年末に翻意し,離婚届を提出するのを止めた。 j 原告は,別居後の平成12年1月から,原告宅の近くにある小料理屋において午後5時から午後11時まで働き,その他日本舞踊を教えて得た収入,実家からの援助及び公的扶助により親子3人の生活を支えている。 k 被告は,平成12年2月,東京家庭裁判所に夫婦関係の円満調整を求める夫婦関係調整調停事件(平成12年(家イ)第1074号事件)の申し立てをしたが,原告は離婚を主張したため調整が困難であり,同年5月 さらに詳しくみる:,調停は不成立に終わった。 l ・・・ |
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